周南PLAZA掲載の奇跡体験 2008

■難病と大量の腹水に苦しむ日々

■娘に対し、ひどい母親でした

■苦難を乗り越え、新しい生命にめぐり会えました

■生きる希望が無く死を覚悟しました

■息子が「筋緊張性ジストロフィー」と言われ…

■ひどい便秘と腸閉塞

■医師からの宣告「二分脊椎症 及び 内反足」

■抗がん剤、2リットルの胸水

■ぎっくり腰が一回のケアで…

■ぜんそくの発作に悩む毎日

■市民検診で癌発覚

■小さな子供が受けた死の宣告。

■難病と大量の腹水に苦しむ日々

突然、難病に                        周南PLAZA2008年12月号掲載

 2000年5月25日、白い便が出るので病院に行くと即入院。血液検査の結果、肝機能数値が正常値30〜40のところ、700位になっており肝炎と言われ、大学病院に転院しました。肝炎の治療では改善しないのでCT検査をすると、すい臓の裏に大人のこぶし大の腫瘍ができていました。

 

2001年、腹水が溜まり出したので、利尿剤を飲みだし、最初は薬が効いていましたが、どんどん効かなくなって薬の量が増えました。腹水が溜まると苦しくて、ご飯が食べれなくなり、体力が落ちてしまいます。

 

2003年、腹水のたまり過ぎで肺を圧迫し、息ができなくなった為、お腹に針を入れて水を抜きました。効果がないかもしれないが・・・と抗がん剤治療もしましたが、副作用があるだけでした。

 

いくら腹水を抜いても10kgもたまり続け、ごはんも全く食べれず点滴のみで体力が落ち体重が25kgから10kgも落ち15kgになりました。その後、漢方薬服用で腹水が貯まらなくなり一時退院しましたが、再度、腹水が溜まり出しました。

 

2008年、腹水がまた、増え始めました。あらゆる病院に行き、気功、漢方、針、灸などあらゆる所に行きました。知り合いの紹介で、多臓器移植の権威として有名なアメリカ在住の日本人外科医の診察を受け、「すい臓は全摘出、腎臓は片方摘出、脾臓は全摘出、胃は一部切除、肝臓は移植の方法しかない。

 

手術は成功してもリスクはあるが、このままほっておいていたらいずれは死んでしまうでしょう」と言われました。やっと見つかった手術方法ですが、こんなに体の臓器を摘出しても大丈夫なのか?悩んだ末、手術をすることはやめました。毎日、利尿剤のラシックスを六錠、アルダクトンを四錠飲んでも、おしっこの量は、わずかでした。

 

斎藤先生との出会い

 そんな絶望感でいっぱいの2008年2月下旬にあるSNSの難病の家族のコミュニティで斎藤先生のことを知り、藁をも掴む思いで予約の電話をし、4月初旬にケアとお祈りを受けました。一回のケアで腹水が少し減り、お腹の痛みも和らぎ、起き上がることが大変でしたが楽になりました。

 

また、食欲も増し、胆汁の量も増えました。三日間泊りがけでケアを受け、斎藤先生を通して主の力を感じました。良くなったので8月にお祭りで、つい、りんご飴等たくさん食べ、また体調が悪くなってしまい、10月に一週間ケアを受け、腹水が2kg減りました。

 

どこに行っても前例がない、珍しい病気と言われ、治療方法もありませんでした。今は、月一回の頻度で名古屋から通い、ケアをして頂き、教会に通い、早朝礼拝にも通っています。現在、腹水が溜まらなくなりました。ケアを受けると肝臓が元気な証拠である胆汁の量が増え、おしっこの量もたくさん出ます。

 

心から懺悔できるようにもなりました。全て主のおかげです。神様、主イエス・キリスト様、斎藤先生、本当にありがとうございます。これからも教会に通わさせて頂きます。

 

斎藤恵子先生と沙彩さん

ケア前の状態

ケア後の状態

現在の状態